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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)5965号 判決

原告(反訴被告) 喜多商事株式会社

右代表者代表取締役 喜多正男

右訴訟代理人弁護士 佐々木良明

被告(反訴原告) 文泰雄

被告 金正順

右被告ら訴訟代理人弁護士 白石光征

同 田中富雄

主文

一  被告(反訴原告)文泰雄及び被告金正順は、各自、原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録記載の建物のうち、一階部分五九・六二平方メートル及び三階部分六四・五九平方メートルを明け渡せ。

二  被告(反訴原告)文泰雄及び被告金正順は、各自、原告(反訴被告)に対し、昭和五五年一〇月四日から前項の建物明渡し済みまで一か月金二〇万二七〇〇円の割合による金員を支払え。

三  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)文泰雄に対し、金六五〇万円及びこれに対する被告(反訴原告)文泰雄から別紙物件目録記載の建物のうち、一階部分五九・六二平方メートル及び三階部分六四・五九平方メートルの明渡しを受けた日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)文泰雄及び被告金正順に対するその余の請求並びに被告(反訴原告)文泰雄の原告(反訴被告)に対するその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ三分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)文泰雄及び被告金正順の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告らは原告(反訴被告)に対し、各自、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ昭和五五年一〇月四日から右明渡し済みに至るまで一か月金三〇万円の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告(反訴被告)は被告(反訴原告)文泰雄に対し、金一九七〇万円及びこれに対する被告(反訴原告)文泰雄が別紙物件目録記載の建物を明け渡した日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告(反訴原告)文泰雄の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告(反訴原告)文泰雄の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求の原因

1 原告(反訴被告、以下、本訴及び反訴を通じ「原告」という。)は別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき昭和五四年二月一日に競落し、その所有権を取得した。

2 被告(反訴原告、以下、本訴及び反訴を通じ「被告」という。)らは、本件建物を占有している。

3 本件建物の賃料は一か月金三〇万円が相当である。

4 よって、原告は被告らに対し、所有権に基づき、本件建物の明渡しと、不法に占有を開始した日の後である昭和五五年一〇月四日から右明渡し済みに至るまで一か月金三〇万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因第1項の事実は認める。

2 同第2項のうち、被告らが本件建物のうち一階及び三階部分を占有していることは認め、その余の事実は否認する。

3 同第3項は争う。

三  抗弁

被告文泰雄は本件建物のうち一階及び三階を前所有者李忠男から昭和五二年一月二〇日、(1)期間三年間、(2)賃料一か月金五万円の約定で賃借した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

五  再抗弁

(仮に被告ら主張の賃貸借契約が成立したとしても、)右賃貸借契約は期間三年の経過により終了している。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

(反訴)

一  請求の原因

1 被告文泰雄は、本件建物のうち一階及び三階を前所有者李忠男から昭和五二年一月二〇日、(1)期間三年間、(2)賃料一か月金五万円、(3)敷金金一〇〇〇万円の約定で賃借し、同日、李忠男に対し、敷金金一〇〇〇万円及び賃料の前払い分金五〇〇万円をそれぞれ支払った。

2 被告文泰雄は、本件建物一階部分で喫茶店を開業するに当たり、壁、天井、床などに造作を施す等有益費用金六五〇万円を支出した。

3 原告は昭和五四年二月一日、本件建物を競落し、賃貸人たる地位を承継した。

4 よって、被告文泰雄において本件建物を期間満了時に明け渡す義務があるとするならば、被告文泰雄は原告に対し、敷金一〇〇〇万円、及び前払い賃料金五〇〇万円から一か月金五万円の割合による三年分の賃料金一八〇万円を控除した残金三二〇万円並びに有益費金六五〇万円、計金一九七〇万円とこれに対する被告文泰雄が本件建物を明け渡した日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因第1及び第2項は否認する。

2 同第3項の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  (本訴請求)

1  請求の原因第1項並びに第2項のうち、被告らが本件建物の一階及び三階部分を占有していることは当事者間に争いがないが、本件全証拠によるも被告らが本件建物の二階部分を占有していることを認めることができない。よって、原告の請求のうち、本件建物の二階部分の明渡しを求める部分はその余について判断するまでもなく失当である。

2  《証拠省略》によれば抗弁事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  被告ら主張に係る賃貸借契約は民法三九五条の短期賃貸借であり、昭和五二年一月二〇日から三年の期間を経過したことは明らかであるから、右賃貸借契約は右期間の経過により終了したといわなければならない。よって、再抗弁は理由がある。

4  被告金正順は原告に対抗することができる占有権原につき、何ら主張立証をしない。

5  したがって、被告らは原告に対し、本件建物のうち、一階及び三階部分を明け渡す義務がある。

6  《証拠省略》によれば、本件建物全体の賃料額は一か月当たり金三〇万円が相当であると認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、他に主張立証のない本件にあっては、本件建物の一階及び三階部分の賃料額は、右金三〇万円に一階及び三階部分の床面積が建物全体の床面積に占める割合を乗じた金二〇万二七〇〇円(但し、一〇〇円未満切捨て)をもって相当であるというべきである。

二  (反訴請求)

1  《証拠省略》によれば、請求の原因第1項の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  《証拠省略》によれば、同第2項の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  同第3項の事実は当事者間に争いがない。

4  ところで、被告文泰雄の有する賃借権が競落人である原告に対抗しうるものであったこと、原告が賃貸人としての権利義務を承継したものとみなされること及び右賃貸借契約が昭和五二年一月二〇日から三年間の経過をもって終了したことは本訴請求について認定したとおりである。そして競落人は、右賃貸借契約における賃料の前払いや敷金の差入れの約定の具体的内容について知らなかったとしても特段の事情のない限り、賃借人に対し、賃料の二重払いを請求することはできないし、また賃貸借契約が終了した場合には賃借人が差し入れていた敷金の返還義務を負うものと解せられる。

しかしながら、競売手続において、目的物件の賃借人が故意に賃貸借契約の存在及びその内容につきこれを明らかにしようとしないなど競落人において賃貸借の存在及び内容を知りえなかったことにつき賃借人に責に帰すべき事由が存するときは、賃料の前払いを競落人に対抗できず、また競落人に対し敷金の返還を請求することができないといわなければならない。

5  そこで本件において賃借人に右のような責に帰すべき事由が存するかについて検討するに、既に認定した事実に《証拠省略》によれば、

(一)  被告と訴外李忠男との間の(短期)賃貸借はその設定の登記がなされていないこと、

(二)  本件建物の競売手続において、執行官が同建物の賃貸借関係調査のため、同建物に赴き、占有者である被告文泰雄に面会して占有権原につき質問したところ、同被告は、所有者である訴外李忠男から賃借している旨述べたものの、他方、賃貸借契約書は存在していない旨陳述し、また賃料の前払いあるいは敷金の差入れにつき何の陳述もしていないこと、

(三)  また右競売手続において、執行裁判所から鑑定を命じられた鑑定人が同建物の調査をした際に、被告らは鑑定人に対し、賃料(月額金三〇万)として金一〇〇〇万円を昭和五一年一二月までに前払いした旨陳述したが、敷金については何も述べなかったこと

が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、執行官及び鑑定人に対し、被告らは敷金の差入れの事実を全く陳述していないし、また賃料の前払いについても被告らの陳述内容は一貫していないことが認められる。そして前記認定事実のとおり、本件においては、金五〇〇万円という一〇〇か月分に相当する賃料が前払いされており、また金一〇〇〇万円という相当高額な敷金が交付されているように、通常の賃貸借に比し、競落人に特に不利益となるような内容の契約であるにもかかわらず、競売手続において右のような態度をとったということは、賃貸借契約書が存在していないなど賃貸借の存在自体疑問をいだかせるような陳述をしていることをあわせ考えると、被告らは賃貸借の存在及びその内容を故意に明らかにしようとしなかったものであるといわなければならない。したがって、競落人において賃料の前払いや敷金の差入れの事実を知らなかったことにつき、賃借人である被告らに責に帰すべき事由があったものと認められるから、被告らの反訴請求のうち、賃料の前払い分及び敷金の返還を求める請求は理由がない。

6  次に被告文泰雄主張の有益費償還請求について判断する。《証拠省略》によれば、

(一)  本件建物は昭和四八年に建築されたものであって、もと一階及び二階が鞄製造工場として、三階が住居としてそれぞれ使用されていたこと、

(二)  訴外李忠男は昭和五一年八月、前所有者から約五六〇〇万円でその敷地とともに本件建物を買い受けたこと、

(三)  被告文泰雄は訴外李忠男から本件建物を借り受けることとし、同人の承諾を得たうえ、同年八月から九月末ころまでの間に同建物の一階を作業場から店舗(喫茶店)とするための改修工事を実施したこと、右工事は、一階の天井、床、壁をすべて新たなものとし、厨房、トイレを新設したほか、空調関係、電気、ガス、水道等の工事を含んでいたこと、またその際、一階から二階への昇降階段の位置・形状を修正した結果、一階の使用可能面積が増加したこと、

(四)  被告文泰雄は右工事の請負人に対し、工事代金として少くとも金六五〇万円を支払ったこと、

(五)  本件建物周辺は近隣商業地域であって、喫茶店営業は右地域性に適合していること

が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告文泰雄の実施した店舗への改装工事により本件建物はその価値を増したことが認められる。そして他に主張立証もない本件にあっては被告文泰雄が支出した金六五〇万円を有益費として、同被告は賃貸人の地位を承継した原告に請求することができるものと認められる。

三  (結論)

よって、原告の本訴請求は本件建物一階部分及び三階部分の明渡し及び賃貸借終了の日の後である昭和五五年一〇月四日から右建物明渡し済みまで一か月金二〇万二七〇〇円の割合による賃料相当の損害金を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、被告の反訴請求は有益費金六五〇万円の償還を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。なお、原告が本訴請求で求めている仮執行の宣言は相当でないからこれを付さない。

(裁判官 吉野孝義)

〈以下省略〉

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